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渦巻から始まる世界

by くのたん

先日11月23日は、フィボナッチ数列の日だったそうで。

フィボナッチ数列と言えば、あの独特のカーブを思い出す。黄金律の形。本格的に渦を巻く寸前のようなイメージもある形。

ユダヤ教のカバラでは、「生命の木」と呼ばれるシンボルがある。カバラではこの生命の木を使って、瞑想を行い、霊的向上を目指していく。

この生命の木の最上位に位置している世界は「ケテル」と呼ばれる。このケテルの世界は、人間にはたどり着けないと言われるほどの崇高な世界で、肉眼で見ることは出来ない。

実はこのケテルの世界は、いろいろな名称で呼ばれている。そんな数ある名称の中の1つに「最初の渦巻き」というものがある。

ケテルは万物の元のなる世界でもあって、この世界が「渦巻」に例えられているのはまずどんな物質も、まずは渦を巻くことからはじまるということを意味しているように思う。そこに渦巻があるということは、そこにエネルギーの集結があるということだからだ。

フィボナッチ数列も、渦を巻こうとしているような形にも見える。その形が、自然物や人工物など、様々な形に見られるのは、そこにエネルギーの集結があるという証でもある。

胎児の形も、少しフィボナッチ数列に似ている。エネルギーが集結している場所は、自然とあの形になっていくのかもしれない。

いわゆる黄金律と呼ばれる形も、フィボナッチ数列と呼ばれる形も、万物が創造される時に生まれた「基本の設計図」のようなものなのだろう。

神は、これらの基本の形を使って、万物を創造した。だからこそ、黄金律で作られたものは美しく感じるのだろう。

どんなものが生まれる時も、エネルギーが集まらなければ、生まれない。モーターが回る時、タイヤーが回る時、渦を巻いてエネルギーを作り出す。

地球も回って、惑星も回って、渦を絶えず生み出している。だからこそ、みんな生きていける。

渦巻は、すべての始まりの形でもある。

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