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吸っているのは、酸素だけじゃない

by くのたん

人は、息を吸うと、酸素が入り、息を吐くと、二酸化炭素が出るというのは、理科で習った。

空気中には、窒素と酸素、二酸化炭素が主な成分だそうだけど、生き物が絶えず、呼吸しているわけだから、その生き物の体内にあった「何か」を吐いていてもおかしくはない。

生き物の体内にあった「何か」とは何だろうか?と考えると、やっぱ感情だと思うのだ。

人は「悲しい」と思うと、「悲しい」という感情を呼吸によって吐き出し、その「悲しい」という感情は、大気に混ざって、周囲の人が吸うのである。

よく、もらい泣き、とか、人の情が移ってしまうことがあるけど、それはきっと、「悲しい」という思いが混ざった空気を吸うからなんだろうと思う。

悩みがあった時、誰かに聞いてもらうだけでも楽になる、という現象も、悩みを呼吸を通じて吐き出して、周囲の人に吸ってもらえるからなんだろうと思う。

自分が「楽しい」という思いをもって呼吸をすれば、「楽しい」思いが大気に乗って、周囲の人が吸っていく。そうやって感情とは共有されるのだ。

だから大気というのは、私たちが考えている以上に、様々な成分を含んでいると私は思う。

人を楽しませるのが好き、という人は、純粋に相手の為というよりは、楽しんでくれた人が吐き出す「楽しい」という感情を吸いたいから、ということもあるのだろうと思う。

宗教の修行でも、呼吸は非常に重要視されていることが多い。宗教は、呼吸というのは、単に酸素と二酸化炭素を入れ替える行為ではないことを、知っているのである。

相手の吐いた息を吸うことで、感情が入れ替わったり、逆に自分が吐いた息を吐いてに吸わせることで自分の感情を乗せたりできるのだ。

以心伝心という現象は、呼吸を通じて起こるのだろう。

同じ場所の空気を吸うだけで、その人と、感情を交換できるのだ。だから人は、嫌いな人と一緒にいるのを嫌がる。「あいつとは、同じ空気を吸いたくない」という言葉は呼吸の本質を思えば、当然の思いと言える。

都会の空気は汚くてあまり吸いたくない、自然の空気が吸いたくなる、というのは、自然な感情だと思うけど、それはやっぱり、自然と、感情を交換できるからなんだな、と思った。

空気を交換する相手は、自分の心身に、重大な影響力を持っているのだな。

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