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人間の魂の刻印をされたものは、すべてその人のものとなる

by くのたん

タイトルの言葉は、手持ちの魔術書にあった一説から取ったものだ。

何かを食べれば、それは自分の一部になったと、はっきりと自覚できる。

こうやって、一部になったと、はっきり自覚できなくても、自分が着たものや、使ったもの、自分とかかわりと持ったものはすべて、広い意味で、自分の一部であって、肉体であって、魂でもある。

物を捨てるのが苦手で、いわゆるゴミ屋敷、みたいになってしまう人もいるけど、こういう人はきっと、ゴミさえも、自分の一部だと、どこかで想っているのだろう。

たしかにゴミさえも、広い意味では、自分の一部かもしれない。でも、たとえ一部になったとしても、それが自分にとってマイナスを及ぼす可能性があるものは、やはり潔く捨てるのが良いだろう。

自分を関わりを持ったからと言って、なんでもかんでも自分の一部としていたら、余分なものが付きすぎて、ものすごい肥満体質の人みたいになってしまうだろうから。

無駄をそぎ落とす、ということも必要である。

最近は、薄利多売の精神で、安いものが大量に作られている。安いからという理由で、特に気に入ってもいないのに、気軽に買ってしまうと、そういう適当なものばかりで、自分の周りが埋め尽くされるようになってしまう。

安い物ばかり求めていると、周囲が安いもので埋め尽くされていき、最終的には、自分の給料も安くなっていくだろう。

安いものを求める、ということは、買う物だけではなく、潜在的には、年収の安さも、求めるようになっていくということだから。

節約主婦、なんていう人が、時々テレビに出て、なんかものすごい切り詰めた生活とか送りながら、貯金をしているけど、よく見ると、使うところでは使っているのだ。

旅行に行ってきました、とか、家を買いました、とか。

だから、節約と言っても、安い物ばかりを求めているわけではないのだ。

真に安い物ばかりを求めると、貯金どころか、いろいろなものが、いろいろな意味で、安くなっていく。

100均をはじめ、お買い得商品で埋め尽くされた世界で生きていると、安いことが正義、みたいに思えてくるけど、長い目で見れば、あまりいい影響はない気がしている。

経済の話は超がつくほど苦手なので、理論的に経済の話は一切できない。でも、世界が安い物ばかりになってきていることは、あまり良くない、と言う事だけは何となくわかるのだった。

安いものに、魂の刻印をすることは、危険だと、そう感じている。

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