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変われば、変わるほど、同じになる

by くのたん

タイトルの言葉は、私が考えた言葉ではなく、フランスの言葉らしい。

この言葉に、かなり惹きつけられたので、この言葉の意味を考えていた。

こういう現象が起こるには、いろいろな可能性があると思う。

まずは、「本当は何も変わってない」場合。自分では懸命に努力して、変わっているつもりではあったけど、本当は、同じところをぐるぐる回っていただけだったとか。

自分が本当に変化しているのかどうか、というのは、意外とわからないものだ。変わりたいと思って努力するけど、その方向が本当に、変化の道であるのか、自分で判断するのは、結構難しい。

個人的には、「変われば変わるほど、同じになる」という言葉が、本当に当てはまるなあと思うのは、科学だと思う。

科学とオカルトというと、正反対のように考えている人も多いけど、実はこの2つは、「血を分けた親子」のようなもので、科学は、オカルトにとって子どものようなものだ。

最近の科学は、オカルトのような雰囲気になってきている。再生医療なんか見ていると、かつて錬金術師が「ホムンクルス」を作ろうとしていた姿と重なる。

脳の記憶を、コンピューターにバックアップするだの、体に機械を埋め込むだの、考えていることが、完全にオカルティストである。

要するに、結局、科学もオカルトに還っていく、ということかもしれない。親子なのだから、ある意味当然とも言える。

現代の日本人は、ゲームやアニメが好きな人が多いけど、江戸時代の日本人を見ていると、やはりゲームが好きで、やたら手の込んだすごろくがあったりする。

南総里見八犬伝は、意外とアニメ化しても面白そうな物語で、やっぱ日本人は昔から、そういう物語が好きだったりするのだなあと思う。

日本人は、服装や髪型が変わっても、本質的な部分では、あまり変わっていない。

歴史は繰り返すというけど、これはきっと、変化しているようで、変化していないから、起こる事なのだろう。

本当に変化させようと思ったら、おそらく世界の根幹が変わらないとできないことなのかもしれない。

自分の体を根幹から変えようとおもったら、遺伝子レベルで変える必要が恐らくあるように、物事を変化させるには「世界の根幹」という遺伝子を変化させることが必要なんだろうと思う。

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