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個人主義と集団主義を分けるもの

by くのたん

普段から魔術書を好んで読む私だけど、最近は古神道の本もよく読むようになった。両者は、結構似ている。

でも一つ、大きく違うなあと感じる事がある。それは「自然との向き合い方」。

西洋に起源をもっている魔術は、なんか自然に対して非常に傲慢というか、支配する気満々な感じがあって、魔術書は読んでいて楽しいけど、そこだけがいつも心に引っかかる。

魔術が考える自然と人間の力関係は、

人間>>>自然、といった感じで、そこだけ微妙に不快なのだ。

西洋の根幹にながれる個人主義のせいなのか、「自然は人間が支配し、コントロールするもの」という物言い。

しかし古神道は違う。力関係としては 人間<自然、という感じで、自然に対する畏敬の念をわすれない。

私が日本人だからなのか、やはり古神道のほうが肌に合うと感じる。

この違いはきっと、「自然のリアル」を知っている日本人と、あまりよく解っていない西洋人、の違いかもしれない。

これは私が勝手に思ってるだけかもしれないけど、西洋の人っていわゆる「大自然の脅威」みたいなことを考えたことがないのかもしれない。

日本人は災害列島ともいえる場所に住み、自然が一度牙をむいたらとてもではないけど太刀打ちできないことを知っている。

魔術の本なんか読んでいると、西洋人は本当に自然のリアルを知らない人だったとしか思えないのだ。現代の西洋人は多少は理解しているのかもしれないけど、少なくとも魔術関係者は明らかに解っていない。

日本人は自然のリアルを知っている。だからいつも謙虚に感謝の気持ちを忘れず、自然を崇めながら生きていたのだと思う。古神道にはそれがよく表れている。

日本人が集団を重んじるのも、「一人ではどうにもならないことが、この世界にはある」と思っていて、特に自然に対してはそれを強く感じていたからだろう。

個人主義の西洋は「自分で解決できないことは無い」と考えているから、集団を好まないのかもしれない。

集団主義と個人主義、どちらも一長一短あるけど、どちらの主義をとるかは、自然環境によるところが大きいのかもしれない。

日本人も、災害の少ない場所で生活していたら、個人主義になっていたかもしれない。

生き方は性格的なことよりも、環境によって左右されるものかもしれない。

そんなことを思った。

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