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自分の答えを見つけることがなぜ、孤独と引き換えなのか、と思った

by くのたん

これは以前から思っていたことだけど、

自分だけの答え、というものにたどり着ける人というのは、他人から「そんなこと考えるなんて馬鹿じゃないのか」とか「あなた、頭おかしいじゃないの」「そんなこと本気で考えるなんて馬鹿みたい」とか言われるような考え方を、ためらわず出来る人のことである。

荒唐無稽、あり得ない、と一般的に言われているような考え方は、傍から見ると軽蔑されるようなもので、実際最初のうちは、本当に滅茶苦茶だったりする。

でもそれに懲りずにずっと荒唐無稽な考え方をしているうちに、誰も見たことがないような風景をみることが可能になって、そこに「自分だけの答え」があったりする。

また自分だけの答えを見つけられる人はたいてい「孤独を恐れない」ようなところがある。

自分だけの答えを見つけた人というのは傍から見ると異端であって、変人であって、周囲から理解されないことが多い。

「理解されない人間になる」ことを恐れない人。こういう人は自分の答えを見つけることが出来る。

自分だけの答えを見つけると、行動が人と違ってくる。ちょっとした生活習慣から、全てが。

食生活も変わるし、見るテレビも変わるし、好きな本も変わってくる。ほぼすべてが、周囲と合わなくなってくる。

こんなこと書いていたら、この世界は「自分だけの答え」を見つけることが許されないようにできているのかもしれない、と突然思った。自分の答えを見つけただけで、ここまで孤独になり、異端になってしまうことは、よく考えるとおかしい気がする。

知識という「封印」から誰一人出て行ってはいけない、出て行ったら許さない。そんな無意識の力が、働いている気がしてならない。

自分を見つけることが孤独と引き換えである世界は、おかしい。自分を見つけることは誰にだって普通にある権利だと思うのだけど。

自分の答えを見つける権利が踏みにじられるというのはものすごい人権侵害のように感じた。

自分だけの答えを見つけた人が、孤独にならない世界になると良いなあと書きながら思った。

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