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神様は特別じゃない

by くのたん

日本では昔から「神様はあらゆる場所に宿っている」と考える。ということは日本人にとっては神様という存在は、特別なものではなくて、結構普通な存在なんだなと思う。

神様にも階級みたいなのがあって天照大御神みたいな上位の神様もいれば、トイレの神様みたいに身近な神様もいる。

もっと言えば親だって神様だし、子供だって神様になる。

他の宗教の信者の方は「私は神様」なんて恐ろしくて口に出来ないらしいけど、日本人だったら意外と言える感じだ。あ、そうでもないか(笑)

日本人の感覚だと「イエスキリストは神の子です」と言われても「そうですよね」とおそらくなるし、アラーとかヤハウエとか、いろいろ居ても「そりゃ居ても不思議じゃないですよね」となる。

日本人はずっとこんな感じで神様と向き合ってきたと私は思うのだけど、ある時期、明治から終戦までの間だけは、この考え方が許されなかった。

国家神道は神道とは名ばかりで神道では絶対にない。「八百万神」の大前提を否定しているからだ。天皇だけが神なんていう考え方は神道というよりはキリスト教に近いイメージがある。

これは私の推測だけど、明治新政府には欧米列強の回し者みたいな政治家もきっと多かった。だから国家神道は表面上は神道の顔をしつつ、キリスト教的な要素を入れ込んだのではないかと思う。

日本人はどうして「結婚式はキリストで、葬式は仏教で、初詣は神道」なんて出来るのか、してしまうのかずっと考えていた。以前は廃仏毀釈や神仏分離、天皇の人間宣言などの衝撃的な出来事が起こったせいで混乱しているのかと考えたこともあった。

でも今は「結婚式はキリストで、葬式は仏教で、初詣は神道」っていうのは日本人らしいなと思っている。神はどこにでもいるなら、こだわりなんかなくて当然かな、なんて思う。

よくも悪くも、日本人にとって神様は普通の存在なんだ。

神様はいつだって、私たちのそばにいる。

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