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誰が見ているかわからない、という状況は、自分を大きくする

by くのたん

私はこのサイトで記事を書く前から、別のブログサービスで記事を書いていた。私は別に知名度のある人間ではないため、ブログを始めたところで誰が見ているわけでもなかった。

でもブログというのは、誰が見ているかわからない。

この「誰が見ているかわからない」という状況は、自分を成長させてくれた。

誰が見ているかわからないから、迂闊な事は書けないな、適当なことは書けないな、と思ったことで、何かを書くときはきちんと下調べをして書くようになった。

下調べをしながらいろいろな知識を吸収し、ネットを通じて様々な人との出会った。

ネットを通じてわかったことは「とにかくいろいろな物の見方がある」ということだった。

時にはネットを通じて共感した人達と仲良くなったりして、リアルとは違う人とのつながり方をした。

私の場合、誰かの意見に共感しても、それは一時的なことが多かった。一定期間その意見から生まれる世界に浸っているとやがて別の世界が見えてきて、いつの間にかそっちの世界に向かい、気が付くとその人達とは疎遠になってしまうことが多い。

共感する→その世界に嵌る→ある日突然、別の世界が広かる、というサイクルを繰り返しているうちに今の自分になった。

自分の向かっている方向が良いのか悪いのかはわからないが、確実に進化してきた。これは自分を「誰が見ているかわからない」という状況に置いたことで起こったことだった。

誰が見ているかわからない、という状況はストレスになることもあるが、確実に自分の中の何かを目覚めさせる。

記事のクオリティが低いとちょっと恥ずかしいところもあるのだが、「見られている」という状況にいるだけで上達してくるのだ。これは記事だけではなく、写真や絵とかでもそうだと思う。

「誰かが見ている」という状況はネットが一般的になる前からある程度あったのだろうけど、ネットが広まってからは「誰かが見ている」という状況が常態化している。

これによって今まで知らなかった自分に目覚めて、新しい世界が広がっていく人もたくさんいる。

時にはこの状況がストレスになることもあるけど、このストレスを力に変えることは出来る。

見られている、というストレスをいかに昇華させるか、ということもこれからの自分には重要な課題なんだろうなと感じた。

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