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水の人と電気の人と生きる道

by くのたん

水は、ありとあらゆる場所に入り込んで流れている。

地球の隅々から、体の隅々、植物隅々まで浸透し、世界を満たしている。

そう思うと水というのは、とても好奇心旺盛な物質なのかもしれない。

とにかく知りたくて仕方がない、繋がりたくて仕方がない、という思いが、ここまで何にでも入り込める形を作りあげたのかもしれない。

スピリチュアルの世界ではよく「水の時代の到来」が語られている。

聞くところによると現在は「水の時代」でキーワードは「女性、受動、本質」などがあるらしい。

もしかしたら水の「知りたい、本当のことが知りたい、本質が知りたい」という思いがネットを作ったのかもしれない。

ネットが一般的になってから人は水の性質に似てきているような気がする。たくさんの人が膨大な情報に触れ、「もっと知りたい、調べたい」と考えている。それは水の性質そのものだ。

ネットと言えば電流を使って情報を伝達させるけど、電流と水流は一見正反対なようでとても良く似ていると思う。

特に好奇心旺盛なところが。

電流も「知りたがり」だ。人の脳は考える時電流が流れるらしい。これは思考する時、電流の持つ「好奇心」を原動力にして判断している、ということなのかもしれない。

水と電気はどちらも情報を求める。ただ水のほうが深いところを流れるので水のほうが本質的、精神的な情報を求めていると思う。

いわゆる理系の頭とか文系の頭とかあるけど、理系の人は電気を使って考えることに長けていて、文系の人は水を使って考えることに長けているように思う。

電気を使って考えるというのは脳を使って考えるということで、理論的な答えや社会的に成功する答えなどを出すときに効果的だ。

逆に精神的なこと、芸術的なことなどは水を使ったほうがよくて、多分水を使って考えるというのは心を使って考えるということなんだろう。

最近IT社長なんかがもてはやされているけど、彼らはまさに「電気を使って考える人」であり、電気と親和性が高い人ほど社会的に成功しやすいということを意味しているのだろう。

実際電気は社会的な成功を引き寄せる。だから機械が発達した国は豊かであることが多い。

電気を使って考える人と水を使って考える人。この2種類の人は全く違う道を進むのか、それとも共に協力し合いながら進むのかで世界の未来は変わっていくのかもしれない。

電気を使って考える人は、水を使って考えることを軽視する傾向があるので、電気の人が水の人の考え方をもっと尊重できるようになるとより調和した世界になっていくような気がする。

未来は、電気と水が鍵を握っている。

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