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夏は、生と死がくっきり浮かぶ

by くのたん

ネットで誰かを検索する時、人は無意識下でその人と繋がって会話をする。
存命の人はもちろん、亡くなった人とも会話をする。

歴史上の人物とも、検索をすれば無意識で会話をし、情報を得る。
肉体は滅びても、意識は滅びることが無い。だから肉体が無くても、声が聞こえなくても、会話は可能なのだ。

ネットは本当にいろんな壁を無くしてしまった。国境はもちろん、時間や時空さえも超えて、繋がれる。

本当はネットが無かった時代から、無意識を通じてどんな人とも繋がることが出来たのだろうけど、ネットが出来てそれが一層はっきりをわかるようになった。

歴史を調べれば、その当時の人々の思いが伝わってくる。表面的に起こった出来事だけではなくそれを越えた「人の思い」。


日本の夏は死者が蘇る季節だから、今は一層死者との交流がしやすい。
昔の人もそう思っていた。だから夏にはお盆、祭りなどの死者を供養する行事がある。

日本の夏の場合は「戦争」が語られることも多い。終戦記念日が近いというのもあるのだけど、やはりこの季節に戦没者が蘇るからなんだろう。

私は夏になると、靖国神社に行きたくなる。あの神社に眠る「英霊」と呼ばれる魂がとりわけ、いろいろ語りたがっているような、そんな感覚がするからだ。

靖国のことは毎年のように記事にしてきた。それだけ私の思いが行きやすい場所なのだ。
今年は書かないようにしようと思っていたのに、やはり書いてしまった。

夏はやはり死者が呼ぶのだろう。
この土地で亡くなった人達の思いが溢れだす。そんな季節が夏だ。だから日本の夏はどことなく、切ない。

ここ数年、私が住んでいる地域では涼しい夏が続き、正直物足りない感じがしていた。夏らしくない夏は、死者の声もあまり聞こえないような気がする。

今年は夏らしい夏だと良い。夏らしい夏なら、この土地に眠る死者と心をつなげることが出来る気がする。

暑くて、明るくて、弾ける太陽と死者はあまりにもミスマッチな気がして、なんか変な感じだ。
もしかしたら死者はうんと元気な太陽が好きなのかもしれない。

死者から見ると太陽はあまりにも眩しい存在で、対極だから必然的に惹かれる。おそらく太陽も、死者の持つ暗く、寂しい感じに惹かれているのかもしれない。

夏の太陽を思ったら死者の事を同時に考えた。死者と太陽は表裏一体とも言えるのか。太陽と死者は生と死、そのものだから。

つまりこの季節は、生と死の力が、最もつよくなる季節といえるのかもしれない。うん、きっとそうだ。





くのたん
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