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人も数になっていく

by くのたん

昨日は数で世界を読み解いてみたけど、最近は人も数になってきている。
学校では偏差値とか、テストの点数、順位など、子供の頃から数で評価され、
仕事をすれば売り上げの数値とか、SNSだったら「いいね」の数とかアクセス数とか、健康診断でも数値によって体の全てが診断されたりする。
更にお金のことになると信用スコアなる数字で信用度を測られる。

最近中国で始まった信用スコアがディストピアそのものだと話題になっていた。
中国で始まった「社会的な信用度を数値化する」制度によって人によっては交通機関の利用までままならなくなるらしい。逆にスコアが高ければ医療機関などでも優遇サービスがあったりもするようだ。

こういうことが怖いなと感じるのは「信用が出来る人とはどんな人か」「良い人とはどんな人のことか」ということが定義づけられ、個々の考えが反映されなくなることじゃないかと思う。

信用スコアは基本AIが決めるらしいが、その人という人物を自分で判断せず、AIに丸投げというのもどうなんだろうな、とも思う。

最近思ったけど、なんでも数値化すると人は考えることを放棄しがちな気がする。
数値があるとそれを完全な答えだと受け入れ、それ以上の思考は無くなっていく。
数値の説得力の高さは異常だなと感じる。どんなに自分の意見がある人でも、数値のデータを出された瞬間に黙ってしまう。数字の力、恐るべし。

正直な話、日本で中国みたいなシステムが始まったらおそらく私はあまり高いスコアを得ることは出来ないだろう。「私は絶対高スコアを狙える」という人にとっては良い制度かもしれないが、私のようにあまり自身が無い場合はちょっと怖くなる。

どちらにしろ、人の全てをAIに判断されるようになったとしても、私は私の物差しで人を見ていきたい。数値にならない「その人の姿」を見つめ続けたい。

心も体も、数値を越えた部分は間違いなくあるから。世界がどんなに数値で埋め尽くされても、数値を越えた部分を見つける気持ちを失わずにいたい。
こういう考え方を持った人間を、AIはどう判断する?





くのたん
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