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未知のものは拒否から入るのが普通

by くのたん

誰かの意見を聞いてすぐに共感できることは、基本もとから知っていたことだけだ。
共感できる文章というのは知っていることが書いてあるから共感が生まれる。知らないことを聞いたように感じても、心のどこかでは知っていたこと。当たり前だけど意外と知られていないように感じる。

未知の考えや意見を耳にすると人は必ず拒否から入る。これは自分の心を守るための防衛本能の一種で未知の意見を聞いて心に負担がかからないように自分で自分の心を守るのだ。

よく「異なる意見を受け入れよう」とか「多様性を受け入れよう」ということを言う人がいるけど、
未知の意見なら最初は拒否から入るのが自然だ。
自分の心は自分にしか守れない。だから無理やり受け入れさせようとするのもおかしい。

最近は差別だの偏見だのという言葉が多く聞かれるようになった。
LGBTとかそういうマイノリティの人を差別してはいけないとか、そういう話である。
男と女が結びつくことによって子孫を繁栄させてきた歴史があるのだから、マイノリティの人は最初は拒否されて当然だ。それは差別でもなく、偏見でもない。ただ未知のものへの防衛本能である。
ちなみに私はレズでもホモでもバイでも全く問題ない人である。性別関係なく、好きな人といればいいじゃんって思う。
ただ拒否してしまう人の気持ちは非常にわかる。当然の反応だと思う。

未知のものへの当然の反応をしただけで差別主義者だの偏見だの言うことは、
毒ともなんとも言えない未知のものを無理やり飲めと言っているようなもの。

未知のものを無理やり受け入れさせようとする行為ははっきり言って虐待の一種だと思う。
最近はいろんな意見を受け入れることが当然で立派な人間の証のように言われるけど、
自分の心を守る意思があるなら普通最初は拒否から入る。

ちなみ思うのだけど、「多様な意見」というほど多様な意見が存在しているのだろうか?
私が思うにだけど、表現方法はみんな違うけど、言っていることの本質はほとんど変わらないように感じている。
学歴に差はあれど基本は同じ教育を受けているため、思考回路はほとんど同じだ。
だから正直多様性って言うほど多様な意見は存在していないとも思う。

だから他人の意見を取り入れる、ということはさほど難しくはないとも感じる。

本当に新しい意見を聞くと人は拒否するか、嫌悪するか、恐怖するかどれかになる。
もしそういう反応をしてしまう意見を見つけたら注意深く聞いてみるといい。

それが新しい発想を得るきっかけになる。


くのたん
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