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火から始まる生命の気づき

by くのたん

最近よく蝋燭の火を眺めることが多いのだけど、蝋燭の火は風もないのによく動く。
しかも結構不規則でなんだか本当に意思を持って動いているかのようだ。

ずっと見ていたらそうか、火って生きているのか、と思った。
よく見ると蝋燭の火は魂に似ているのかもしれない。
火の玉とか言われることもあるし。
炎がよく命や魂に例えられるのも火が生きているせいなんだなと思った。
お寺などの宗教施設では必ず蝋燭があって、お寺の本堂に行くとたくさんの蝋燭の火が飾られているのも、あれが人の魂を表しているから。

蝋燭を眺めていると不思議と幻想的な気分になり、なんか落ち着く。アロマキャンドルにはまるのもなんかわかる。

火は日でもあって、それは燃え盛る生命の源なのだ。

多分火だけではなくて水も地も風も、本当に生きていて、意思を持って動いている。
4大元素に意思があるなら、むしろ意思が無い存在を探すほうが難しいかもしれない。
根源的なものに意思があるなら、それをもとに生きている生命だって意思があると考えるほうが自然だ。

そういえば先日家に帰る途中見かけた花が可愛くてちょっと見つめていたら、その花は明らかに私を見ていたことがあった。
なぜかなんかわかった。こっちを見ているのが。
明らかに目が合った。そんなこともあった。

どこに目があるのかとかよくわからなかったけどとにかく花はどこかで私を見つめ返した。
人間以外の生命との交信は理屈を超えている。

火(日)を中心にした世界で、火に意思があるなら意思をあるもので埋め尽くされる。
生きているということは意思があるということ。

生命とは意思なんだね。



くのたん
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