LOG IN

尽くして、見返りを求めて、という悪循環

by くのたん

尽くせば尽くすほど、見返りが欲しくなるのが人間の性というもの。
社会のため、家族のため、会社のため、国のためなど、尽くす存在はいろいろある。
他者に尽くすことは自分の魂を削る行為だから
削られた魂を補うためには尽くした分を返してもらわないと生きていけない。

他者に尽くした人は見返りが必要。でもその見返りが必ず返ってくる保証は無い。
いつまでも返ってこないと、人は様々な反応をする。
返ってこないことに怒り感じる人、悲しみを感じる人。大きく分けると二通りの反応がある。
悲しいと感じる人は一人で抱えてしまうから、精神を病んでしまったり、最悪自ら命を絶つ、なんていうことが起こったりする。
怒りを感じる人は他者に恨みや憎しみを抱え、どうにもならなくなると大きな事件を起こして大勢の人を傷つけてしまったりする。

他者のために自分のエネルギーを使うということは悪いことではない。
でもそれをやり過ぎて自分に使うエネルギーが無くなってしまうと死ぬか、無理やり取り返すかしないと生きていけない状態になってしまう。

だから結局長い目で見るとちょっと自己中なぐらいの方が、自分にとっても周囲にとってもいい影響をもたらすことが多い。

自己中な人は他者に気を使ったり尽くしたりしないから、見返りを求める必要が無い。だから自己中な人の周囲にいる人は自分の願望に忠実に生きやすいはず。
自己中にも限度はあるのだろうけどこうやって考えると自己中であることが悪いとは私には思えない。

本当に優しい人は気が利かない、と言っている人がいたけど、これは本質を突いているなあと感じる。
気が利かないということは人に気を使わせない人でもある。

人に尽くすという行為は本当にその人の為というよりは自分のためにやっている時もある。
例えば子供に尽くす親は純粋に子供のためではなく、「こうやって子供に尽くしていれば将来自分の面倒を見てくれるかもしれない」と期待して尽くしているだけかもしれない。
こういう場合は子供にとって親とは一種の呪縛にしかならないだろう。

人の為に尽くすときは大抵は心のどこかで見返りを期待しているのかもしれない。世話好きとか、そういう人も似たような理由かもしれない。

「自分優先で考えるのは当たり前」という考えがもう少し広まると日本人ももっと楽になるかもしれない。
日本人は他人を優先する人が多い。他人を優先するたびに自分を傷つけているとも気付かずに。

誰かに尽くし、そして誰かに見返りを求めて、という悪循環が日本に蔓延しているように感じる。

お互いを縛り合って動けなくなるような、そんな閉塞感が苦しい。

もっと自分の願望に忠実に生きれるような世界にしたい、というのが最近の私の願望。


くのたん
OTHER SNAPS