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自分をきちんと見つめれば、世間も見つめてくれる

by くのたん

学校などでこんな経験をしたことはないだろうか。

クラスの子たちがみんなやっているからつい釣られて自分はそこまでやりたくなかったけどやってしまった経験。

学校では特に自分だけ別の行動をとることがなんとなく気まずくてつい心にもない行動をしてしまう。

学生時代を思い出すと「みんながやっていたからやった」ということが結構多かった気がする。

でもこれって言い方を変えれば「みんなのせいにしている」という事でもあるような気がする。自分で決めることで生じるリスクを回避して自分のことを他人に丸投げしている。

自分で決めずに周囲と同じことをするということは結局自分の行動に責任を持ちたくない、という気持ちの裏返しでもあるかもしれない。

また「みんながやるからやった」ということは結局自分の内の声を無視しているということでもあり、

結局満たされることは無い。

しかもそうやって「みんなのせいにする」ということを繰り返すとあらぬ恨みを抱くようになってくる。

自分がこうなったのはみんなのせいだ、みんなの行動をまねていたらこんな人生になってしまった、だからみんなが悪いと。

最初に自分を無視したのはほかならぬ自分なのに、「みんなのせい」にしてしまう。

テレビで報道されるような大きな事件を起こす人ってたいていこれに当たるような気がする。

特に親のいいなりになっていたような人が爆発して大変なことをしてしまう。

子供にとって親に愛されないことは死と同じだ。だから好かれようと必死になってしまうのかもしれない。

でもその結果、自分を無視し続けたツケが必ず回ってくる。

あやゆる恨みの感情は、自分が自分を無視することから始まるのかもしれない。

外に広がる光景は自分の心の中の反映であると良く言われる。

心の中で起こっていることが外の風景として現れ、現実として認識される。

自分は世間から無視されている、と感じる時はまず自分が自分を無視している可能性をまず考えたほうが良いのだろう。

自分を無視すればそのまま現実に現れ、他人もまた自分を無視するようになる。

自分を見つめれば、世間も自分を見つめてくれるだろう。

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