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完璧じゃなくてもいいよね

by くのたん

そういえば私はいつも何らかの不調を感じている。

今日はお腹が痛い、肩が痛い、また別の日はくしゃみが止まらない、鼻がむずむずする、のどが痛い、頭が痛い・・・

今まで基本的に心身共に完璧な日、というのは無かったような気がしてきた。
実際今日も、なんかお腹痛い。

昔はちょっとどこか痛いだけで「どうしよう、大きな病気かも?」とか考えたりしていたけど、最近は日ごろの痛みに付き合のも面倒になってきたので「寝込むほどでなければ良いか」と思うようにしている。

完璧を求めるから辛くなるんだな、と最近思う。
完璧を求めるということはずっと不満を持ち続ける、ということなんだと最近わかった。

震災の後に起こった原発事故で放射能が撒かれ、多くの子持ちの親が危機感に晒された。
口にするものが放射能に汚染されていたらどうしよう、と考え、中には本当に細かく気を付けて食材を選ぶ親も多かった。

子供が健康であってほしい、という思いから生まれた行動だった。でもこんな姿が異様に映っている人も多かった。
こういう放射能対策にしても、完璧を求めると辛くなる。考え出したらキリが無かった。
私にも子供がいるので全く気にならないと言ったら嘘になる。でも私はやはりあまり深くは考えなかった。
「完璧に防ぐことは無理だから、まあ半分ぐらい防げればいいかな」みたいなスタンスだった。

気にし出すとキリがない、ということは探すといろいろある。
最近女性専用車両がらみのトラブルなどで男女のジェンダートラブル、みたいな出来事が多く見られるような気がする。

性犯罪のない世界を生きたい、という思いはどんな女性にもある。私にもある。
でも一部の女性は「性犯罪の無い世界」というものをあまりにも完璧に追及しすぎているかもしれない。

絶対に性犯罪が起こらない世界なんておそらく存在しないし、そんな世界をあまりにも追及しすぎることは正直時間の無駄のような気もしている。

変な言い方かもしれないけど、自衛をしながら多少割り切っていくことも必要ではないだろうか。

過去性犯罪に巻き込まれた記憶がある人はそう簡単に割り切れないかもしれないけど、
いつまでも過去にこだわっていても前に進めやしない。
犯罪を起こした本人はおそらく忘れているだろうと思うと尚更もったいない。

犯罪は無いに越したことはないけど、ゼロになることは難しい。

健康にしても放射能対策にしても性犯罪にしても、完璧を追及することはものすごいストレスだよなあと痛感する。

ある程度割り切って、「この程度出来て居ればまあいいや」という思いを持っていたほうが上手くいくような気がする。

完璧を求めると普段なら気にも留めないようなことまで見えてくる。見えてくれば当然気になってくる。
心の健康のためには見えないほうが良いこともたくさんある。

そもそも完璧とは何だろう、という哲学的な問題も出てくるけど、まあここは放っておくことにする。

完璧じゃなくても良いんだから。


くのたん
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