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知識があることと自分の意見があることは違う

by くのたん

私は自分が今まで学んできた知識を一旦全部無かったことにして考えることがある。

この「知識をなかったことにする」ということはすぐに出来るようになったわけではなく、かなりの時間を要した。

知識があることは悪いことではない。生きていくには「この社会で正しいとされる知識」は特に必要で、実際この社会では役に立つ。人として評価もされやすいし、生きやすい。

一つの知識を極めることはすごいことだと思うし、大変なことだと思う。

でも知識が多くなればなるほど、自分の意見が無くなっていくような感覚が私にはあって、

知識が豊富な人ほど、自分の意見がみんなその知識をベースにしたものになってしまい、本当の「その人の言葉」が無くなっていくような感じがしてしまう。

自分の思いが知識に呑まれていくような、知識に支配されてしまうような感じがしてなんか嫌な感じがするのだ。

これは「知識を一旦なかったことにして考える」という技を身に着けなかったら気付かなかったかもしれない。

その知識が正しいかは置かれている立場によって変わってくる。

私たちは西洋的な価値観を正しいとしてきたし、実際世界は西洋の学問によって作られてきた。

日本はじめ先進国では西洋的知識が役に立つため、西洋的な知識が正しいとされる。

でも西洋的な価値観とは違う世界ならこの知識は正しいとはならない。

自分の意見を持つということは、世間でどう言われていようと、何が正しいとされていようとも、「私はこう思う」と言えることなのだと思う。

知識とはあくまでも「世間的に正しいとされる考えや理論」のことであって、自分の意見とは違う。

ニュースではこう報道していた、学会でこんな発表があった、データではこうだった、教科書にはこう書いてあった、辞書ではこうあった、それはそれでいいから、結局自分はどう思うの?というところを大切にしたい。

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