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疑う者は救われる

by くのたん

本当に信用できる人は疑われることに抵抗が無い。
疑われてもやましいことがないなら平気なはず。

某宗教は「信じる者は救われる」なんて言ってるけど、こんなこと言ってる段階で「疑われたくない」という気持ちがある証拠。
宗教の教えには「信者向け」と「布教者向け」があって、
この二つは似て非なるものだ。

宗教にとって理想の信者とは「疑うことをせず、ただ教えに従って祈ってくれる人」である。
だから余計な詮索をされような信者にはなって欲しくない、だから無条件に信じることを勧めてくる。
信じるものは救われる、ということは信じない物は救われない、という意味でもあり、
これは「信じない奴は救わない」ということでもある。
本当の神がこんなセコイわけない。

本当に信用できる人は「私をいくら疑っても構わない。気が済むまで疑って、その上で私を信じる信じないかはあなたが決めてくれ」と言う。

本当に信用できない、詐欺師レベルの人は疑われると「人を信用できないあなたは悲しい人だ」とか人格にケチをつけてくる。

人を疑うことは悪くない。疑り深いから性格が悪いわけでもない。
疑うことは一種の予防であり、備えだ。

災害に備えて備蓄するように騙されないために疑うだけだ。
人間として劣っているとかという話ではない。

基本的に初対面の人はまず疑ってかかるのが正解だと私は思っている。
それが政治家だのタレントだのになったらいくら疑っても疑い足りないぐらいだ。

信じるものは救われる、ではなく、疑うものは救われる。

これが真理ではないかなと思っている。


くのたん
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