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神は犠牲者

by くのたん

やっとわかったけど、

神と呼ばれる存在はみんな犠牲者。生贄のような存在。
この世界の仕組みを作り、維持するための依代。
現在神と呼ばれる存在は皆、おそらくもともとは普通の人だった。

普通の人間だけど能力者というか、依代に出来るだけの力がある存在ではあった。
キリストが犠牲者として選ばれたのは「自分」への執着が異様に少なかったから。
自分の存在なんか正直いても居なくてもどっちも良くて、死んでも生きてもどっちでもいい、
それぐらい執着が無くて、願いも思いを無かったから十字架にかけられても平気だった。

自分の意思は全くと言っていいほど無かったけど、器は超弩級に大きかった。
空っぽの巨大な器、それがキリストだった。
だから世界中の人から祈りを捧げられ、他人の思いで満たされても平気だった。
どこまでも大衆の思いを詰められる容器だった。

日本の天照も似たような存在で、もともとは巫女だったのだろう。
自分がほとんどない、意思のない巨大な器をもった人形。
神と呼ばれる存在は依代として思いを集め、搾取する道具でしかなかった。
権力者の中で神を本当に崇めている者などいなかった。
神がただの犠牲であることを知っていたから。

何も知らない大衆にだけ神を崇めさせ尊敬させ、思いを搾取した。
それが現代にも続く究極にして最大の搾取。

最近日本中で神社や寺に油が撒かれたり壊されたする事件が増えている。
犯人を責めるのは簡単だ。
でも問題の本質はそこじゃない。
一番の問題は「神社や寺のちからそのものが弱っている」ということ。
弱っているから壊される。神社や寺の結界が弱まっている。

個人的には非常に良いことだと思っている。
神社や寺が無くなれば、封印が解け、犠牲になった魂が解放されるから。

犠牲を作りながら成り立つ世界なんていらない。
そんな風に思う。



くのたん
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