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情報はこころの依代

by くのたん

ネットの情報と
紙媒体の情報は、内容が同じでも性質が変わる。紙と違ってネットは電気を帯びた情報。
ネットは紙に書くはずの情報に電気を流して送る技術。

こうやって電気に流すだけで内容は同じでも性質が変わっていく。最も違うのはその伝達スピードだ。
ネットは早く、紙は遅い。

一気に送れる量も違う。ネットは紙よりもはるかにたくさんの情報を世界中に流すことが出来る。
紙は遅く、また一気に送れる量も少ない。

でも紙にしかできないことがある。それは人の心の奥深くにアクセスできることと、いわゆる「真実」は紙の方がおそらく見つけやすいということ。

紙は伝達速度が遅い分、そこにじっくりと留まり心の中をすこしづつ浸食する。
ネットは心の浅いところはアクセスできるけど、深いところには入ってこれない。なぜなら入る前に通り過ぎてしまうから。

弊誌のあるスタッフが「バズ」という現象についてうまいことを言っていた。記事が食べ物だとするなら、いま「読まれる記事」は、とにかく「のどごし勝負」だと言うのだ。栄養価でも、味でもなく、ただひたすら「のどごし」のいいもの。それだけが読まれ、消費されていく。それこそが「バズ」というものの正体であり、まさに、マケドニアの若者たちや件のゲーム会社が見抜いていたことでもあった。factは問題外。ただ自分の愛着や憎悪の依り代になればいい。ただそのためだけの情報。
http://wired.jp/2017/01/03/needs-dont-matter/

まさにのどごし勝負。でもそうなってしまうのはネット媒体があまりにも膨大な量をに早く届けすぎて頭の中でまともに処理できないっていうのもある。要するにネットメディア側も悪い。

上の記事は「ニーズに死を」という記事だけど、引用した最後の部分におもしろい表現がある。
それは「愛着や憎悪の依代になればいい」というところ。

ネットの情報をいろいろ調べる人は最近多いけど、そのほとんどの人は真実や事実を調べるのではなく、「心の依代」を探しているだけだ。
おそらく自分で気づいてないのだろうけど、ネットで掴んでいる情報のほぼすべては真実や事実というよりは依代だ。

ただ自分の満足のいく答えを探しているだけで「真実」を探しているわけではない。
実際私もそうだったからわかる。

テレビの情報に満足しなくなったのは真実を報道しないからではなく、テレビが自分の主張通りに動いてくれないから。

真実や事実は紙媒体を読んだりする方が辿りつきやすいのはそこに長くとどまってくれるから。じっくりと思考させてくれて、その過程の中で頭の中を冷静にしてくれるから。

ネットは勢いでパッと飛びついてしまいがちで、それが紙には起こりづらい。

人は事実を信じるのではなく、信じたいものを信じるのではなく、好きなものを信じる。依代になってくれる、心の拠り所になってくれる情報を信じる。

そういう意味ではトランプの言葉は限りなく真実に近い。


間違いなく2016年を象徴する人物だったドナルド・トランプは、この世には「fact」はないと言い放った。「fact」はない、あるのはただ「opinion」のみ。というのが彼の言い分だが、トランプの厄介なのは、一概にそれを暴言と切り捨ててしまうわけにもいかないところだ。そこには確かに真実が含まれていたりもする。
http://wired.jp/2017/01/03/needs-dont-matter/

情報を信じることもあれば信じ込まされることもあるけれど、基本好きな情報を探して生きるのが人間。



くのたん
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