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道徳的に良い生き方が魂的に良いとは限らない

一般的に、「自分以外の存在の為に生きる」という生き方は美化されやすく、好感を持たれることが多い。家族のために、子供のために、国のために、自分以外の誰かの為に生きることは人として立派だとされる。 こういう生き方は他人から感謝されやすいし、自分が生きていることに価値を見出せる気がして一時的には満たされることも多い。 でもこの生き方は自分で

人は思い出すために学ぶ

自然と興味が湧いてくるものは自分自身にとって決して目新しいものでなく、実は遠い昔の記憶の中にその知識があり、その記憶に影響されて興味を持つこともある。 例えば現世でアイドルの追っかけをしている人は前世でも吉原の花魁や太夫と呼ばれる人を追っかけていた記憶があったり、現世で科学者になっている人は前世では錬金術師だったり、不思議と興味が湧

まだ見えない

うすうす気が付いている人もいるようだけど、この世界は悪魔の星になっている。それはずっと前から、古代からそうなってしまっている。 政治家が悪いとか、支配者が悪いとか、そんなレベルの話ではなくて、大元のところで間違っている。もっともっと、根本が間違っているから、何をやっても歪んでいくだけで、良くしようとすればするほど、捻じれていく。 この

どちらでもない、という答えも立派な答え

この世界ではなぜかどうでもいいことが大事に見えたり大事なことがどうでもいいことに見えたり、 本当は価値の無いことが価値があるように見えたり価値があるのに無いように見えたり、 そういう本来の姿とは逆に見えることがこの世界では頻繁に起こる。そういう世界を作っている主なものはメディア。 メディアの報道の大きさによってどんな風にも見せることが

一番対話すべき相手は誰

生命たちは今この時代に生まれるまで何度も姿を変えながら様々な経験をしてきた。あるときは女として生まれ、ある時は男として生まれ、時には別の星に生まれ、何度も生まれ変わって現在の時間軸を生きている。 最近体は女だけど性格は男っぽいとか、逆に男だけど女らしいところもあることが多いのは男の人生も女の人生も経験してきていることを魂が憶えている